光の道をひた走る少女の物語|紫色のクオリア

「そんな難しいことじゃない。そもそも光だって、『フェルマーの原理』とか、『ファインマンの経路積分』を理解しているわけじゃないんだから。光は、ただ光であるだけ。それだけで、最小時間で目的地にたどり着く道を探し出す。だから『あたし』も、難しいことは考えなくていい。ただ、目標にたどり着くことだけを考えればいい。あたしはそういうもの・・・・・・であればいい。――そうすれば、無限の『あたし』のだれかが、いつか必ず正解にたどり着き、――そして正解だけが、残る」

――電撃文庫-うえお久光『紫色のクオリア』より

この「紫色のクオリア」という作品を知ったのは、2011年の秋ごろです。
当時凄まじく盛り上がっていた深夜アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の考察サイトを読んでいた時に、『まどマギと共通するテーマを描いた作品』として紹介されていたのを見て興味を持ちました。

惹かれたのはタイトルです。紫色のクオリア。とてもきれいな響きだと思いました。
数年後、漫画版→原作の順で読みました。今日改めて読んだのはコミカライズ版ではなく、その原作にあたるライトノベルです。

自分以外の人間がロボットに見える紫色の瞳を持つ女性中学生、毬井ゆかり。
そんなちょっと変わった少女の友だちであるごく普通の女子中学生、波濤学を語り手としてこの物語は進んでいきます。

ところで「人間がロボットに見える」と言われて「そうなんだ!」と素直に信じる人はそんなにいないと思います。
波濤学もそうでした。ちょっとしたきっかけで毬井自身にそう告白されましたが、最初は信じていません。ですが、否応なく信じざるを得ない状況に置かれてしまいます。

もしも人間がロボットに見える少女に、ちぎれた腕をなんの変哲もない携帯電話を部品代わりにして直してもらったら――自分だったら信じる信じないの前に頭がどうかなったのかと思ってしまいそうですが、女子中学生の柔軟な感性は自分の腕に起こったトンデモ事件をちゃんと現実として受け入れました。強いですね。

『他に使える部品がなかったから』といって腕に携帯電話を埋め込まれてしまった波濤学と、人体をプラモデルのようにバラし組み立てることが出来る毬井ゆかり。
そこに幼稚園時代の毬井の友だちで、波濤と同じように『修理』された経験のある天条七美が加わって、『量子』やら『波束の収縮』やら『多世界解釈』やらの用語が飛び出す”ちょっと不思議な日常系ストーリー”が繰り広げられます。

なにやら難しそうな専門用語も頻出しますが、そこは波濤と天条の女子中学生コンビの会話という形で思いっきりかみ砕いた解説がされていますので、物理やらなんやらにまるで無知でもとても楽しく読めました。
記事冒頭で引用した中に出てくる『フェルマーの原理』はこの作品で初めて知って、関連する書籍やサイトを読み漁っています。どれだけ読み込んでも理解が追い付きませんが、『光は迷いなく最短ルートを辿って目的地に辿りつく』という現象は現実のものなのに魔法のように聞こえてとても好きです。

 警告しよう。
 ――ここから、物語は急転する。

電撃文庫-うえお久光『紫色のクオリア』より

そんな”ちょっと不思議な日常系ストーリー”も、毬井ゆかりの死に発端するこの警告を境に崩れていきます。
友人を助けるために徐々に人間ではなくなっていってしまう波濤学も、また。

この作品を知るきっかけになった上述のまどマギ考察サイトはもう見付けられなかったので、件のサイト管理者さんが「魔法少女まどか☆マギカ」と「紫色のクオリア」に見出した共通項がどのようなものだったかはわかりません。
私には平行世界をまたいで『毬井ゆかりの生存』の可能性を探し続けた波濤学の姿は、ループの中でひたすらに『鹿目まどかの生存』を願った暁美ほむらと重なりました。それ以上に『自分を人間が観測出来ない存在に作り替えて世界から消え去った』波濤学が、『世界の理という概念そのものに変質して救済を成した』鹿目まどかと重なってみえました。

こうしてみると「魔法少女まどか☆マギカ」で描かれた二人の少女の信念と行動は、波濤学という一人の少女の中にぎゅっと濃縮されています。友人を絶対に助けるという執念が彼女のキャラクターをさらに煮詰めて、糊化してるんじゃないかというような濃さです。
一方で中盤はほとんど出てこない毬井ゆかりがキャラクターとして波濤学にかき消されてしまうかというとそうでもなく、彼女は彼女で終始存在感があります。
メタ的にいえば、序盤の”ちょっと不思議な日常”で毬井ゆかりの魅力が十分に描かれていたから、終盤で彼女が出した結論が印象的だったから――そんな理由が挙げられます。

でもこの物語は他の誰でもない語り手である波濤学のものなので。
波濤学が友人に捧げた百三十七億年分の愛情が、彼女のクオリアを通した毬井ゆかりを象って本の外にまで飛び出してきたからこその存在感である――毬井ゆかりについてそう感じられたのが、この物語を読んで得られた一番の感動だったと思います。

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投稿者プロフィール

戸代原 晃
ハリネズミとのんびり暮らしています。

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